ニンフェットの告白……『愛人(ラマン)』 その3 ジュースキント編
こちらの続きです。
谷崎潤一郎のデビュー作『刺青(しせい)』で、刺青師(ほりものし)清吉は、足(feet)を見ただけで、その少女が美貌の持ち主で、自分を足蹴(あしげ)にしてくれる女王様と見抜く。
でも、本当にそんな少女っているんでしょうか。
理想の美少女を追い求める、執念の変態さんたちの3人目は、パトリック・ジュースキント『香水 ある人殺しの物語』の主人公、ジャン=バティスト・グルヌイユです。
- 作者: パトリックジュースキント,Patrick S¨uskind,池内紀
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2003/06
- メディア: 文庫
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ただグルヌイユの場合、求めているものは「匂い」そのものなのですが、一番いい匂いとは、特別な美少女が発している匂い、ということなんですね。
18世紀の悪臭に満ちたパリに出てきたグルヌイユ。嗅覚が以上に発達していて、都会のいろんな匂いをかぎ分ける。あるとき、ささやかな匂い、気配・予感とでもいったような匂いを感じて、興奮する。
この匂いを自分のものにしなければ、生きていてこの先、どんな生き甲斐があるというのだ。なんとしてもこの匂いをつかまえなくてはならないのだ。さもないと遂に心の安らぎはない。
一心不乱に鼻をヒクつかせて、匂いをたどってパリの町を進んでいくと、果たしてそれは13か14の娘であった。
つかのまにせよグルヌイユはうろたえた。生れてこのかたこんな美しい娘を見たことがないような気がした。とはいえ背後からロウソクの明りが投げる影を見ただけのこと。つまり、彼としてはこんなに美しい匂いを嗅いだことがなかった、ということ。人間の臭いなら知り尽くしていた。男や女や子供の匂いならお手のものだった。だからこそ、どうしてこんなに精巧な匂いが一人の娘から立ち上るのかわけがわからない。
グルヌイユは娘に近づいて匂いを嗅ぎ、娘がグルヌイユに気付くと、ゆっくり絞め殺す。娘の顔は観ず、匂いを少しでも損なわないようにしっかりと目を閉じて。そして、死体を横たえると服を裂いて全身の匂いを思うさま余さず嗅ぐのだった。そして生れてはじめて自分の生に使命を感じる。とびきりの嗅覚を持った天才、匂いの創造者である自分自身を感じるのだ。
偉大さへの始まりに殺人があったが、グルヌイユはきれいさっぱり忘れていた。もし気づいたとしても一切頓着しなかったことだろう。マレー区の娘の姿、その顔やからだは、もはや覚えてもいなかった。だが、彼女の最良のものは保持していた。自分のものとした。彼女の匂いの原理を、そっくりいただいた。
この後グルヌイユは、香水調合師として修業したあげく、娘を殺しては香水に変えていくのだが、最初の少女のような素晴らしい匂いの娘を発見する。それがとびきりの美少女でお嬢さまだ……というお話。
グルヌイユは人殺しだから特に気持ち悪い。物語は名作文学で文章も格調高いが、引用したのは、気持ち悪くないとこだけ抜き出したという、半端なことですみません。
3人の変態男の話を書いて、気持ち悪くなってきましたが、最初からの疑問は、こんな少女って本当にいるのだろうか?ということでした。
変態さんたちがそれぞれの求めるような素質を持って生まれた少女。本人に自覚はなくてもちょっと水を向ければ素質が開花するような。そして、多分かなりの確率で素晴らしい容姿を持った少女。
そんなことを思っていた時に、出会ったのが、『愛人(ラマン)』でした。
ニンフェットは、確かにいるのです。
続きます。