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この映画観たよ。

上橋菜穂子『精霊の守り人』――日本の児童文学を、アメリカに出す苦労

精霊の守り人』シリーズ原作者の上橋菜穂子さんは、2014年に国際アンデルセン賞を受賞しました。この賞が児童文学のノーベル賞と言われるのは、作品でなく、人に贈られる賞であるためだと思います。

 

まだお若い(1962年生まれ)上橋さんが、この賞を受賞している背景には、作品がアメリカで翻訳が出ていることが必要条件だと思いますが、アメリカという国はとても翻訳小説が少ない国なんです。「いや、いい小説ね、英語のがあるから」って思っているんでしょうね。それと「日系の作家もいろいろいるから」って感じもあるんでしょうか。

 

売れっ子児童文学翻訳家のさくまゆみこさんが、「翻訳は3つのM。むずかしい、めんどくさい、もうからない」とおっしゃっていて、翻訳料でなく、印税でお金がもらえるようにがんばってきたのは、自分のためというより、業界全体や後進の人のため……というようなことをおっしゃって、それでも、英語→日本語という翻訳は言語自体の大きな違いもあるので立派に認められているが、アメリカなどでは翻訳家の地位はとても低い、ということでした。

 

 

ところで、上橋菜穂子さんの本が、アメリカで翻訳されるまでのご苦労を、翻訳家の平野キャシーさんと語った講演会の記録があります。これを読んで、すごいなーと思いました。

 

 

国際子ども図書館講演会記録
「翻訳は三人四脚」
精霊の守り人』の作者と訳者、大いに語る (要旨)
平成 22 年 4 月 24 日
講師:上橋菜穂子、平野キャシー

http://www.kodomo.go.jp/event/event/pdf/2010-02summary.pdf

 

 以下はくくってしまったけど引用でなくて要約です。

 

上橋さんが、日本を知ってもらいたい、自分の作品を海外で読んでもらいたいという思いを持っていたこと。

 

アメリカの出版社が、翻訳ものの出版を決める際には、抄訳でも英訳を作って持っていかなければいけないという事情があるので、上橋さんが、自腹でもいいので平野キャシーさんに全訳を作ってほしい、と提案したところ、偕成社が乗り気になって費用を持ってくれて、全訳を作ったこと。ただしこれは、アメリカでの出版もまだ決まらず、出版が決まったところで、出版社が翻訳家を指定してくる可能性があって、平野さんの訳が採用されるかわからないという二重のリスクがあったこと。

 

しかしこれはうまくいって、「守り人」のアニメも出たタイミングで、アメリカの出版社が翻訳を出したいといったときにすでに日本語訳があったことで、出版が決まったそうです。

 

 

 

 

自腹でもいいから全訳を作って売り込もう!という、グローバルな視野を持つ上橋さん、立派です!

 

それから、アメリカ人がわかるように訳す……という部分の苦労話もおもしろかったです。

 

 

 

最初のページに「バルサは今年三十」とバルサの年齢を書いているが、主人公の年齢が20代以上になるとアメリカではヤングアダルトでなくなるという。それで、冒頭ではなく、後の方で30歳と分かる形に変えたという。

 

それから、常に主語が誰であるかを意識する英語にとって、急にナレーターの視点になったりするような記述がわかりにくい。

 

 

そういう問題があったときに、上橋さんが原文を書き直してしまうそうです。

そこは平野さんもすごいなぁと思ったそうです。

 

次の部分はなんかおもしろいんだけど、よくわからない。上橋さんの言葉をそのまま載せます。

 

上橋:シェリルさんからのご指摘で面白かった言葉の一つに、ヘッド・ジャンピング(head jumping)という言葉がありました。シェリルさんに何度も「ここはヘッド・ジャンピングだ。気持ちが悪いのでやめてほしい」と言われたものです。数人が同じ場所にいてひとつの出来事を見ているようなとき、例えば、チャグムが激流に落ちたときに、バルサが心の中で「気絶してておくれよ」と思っている、その気持ちを書きいれると、英語では、今、自分が見ているものから、突然、別の人の頭の中に入り込んで、別の目で見たような感じで、乗り物酔いを起こしたような、何とも気持ちの悪い感じになるというのです。これもきっと、英語の場合はだれが行動の主体かということをものすごく自然に書いているからだと思いますね。日本語の場合は行動の主体をいつも明確にしようと思わないで書くこともある。もちろん日本の作家の中にも視点を定めて書く人は多いわけですが、私の作品の場合、多数の視点に滑らかに移っていく書き方をすることがあるので、シェリルさんは、気持ちが悪かったらしいんですよ。
 

 

 アメリカの編集担当者、スカラスティック社のシェリルさん( Cheryl Klein )は、ハリーポッターアメリカ版の編集も手掛けた人で、上橋さん、平野さん、シェリルさんの3人の間で膨大な量のメールのやり取りがあったそうです。

講演のタイトル、「三人四脚」は、この3人のことでした。

 

 

日本語→英語の翻訳者、平野キャシーさんは、萩原規子『空色勾玉』、湯本香樹実『夏の庭』も手掛けた、いわば日本児童文学を世界に送り出している旗手ですね。

カナダ出身、20歳の時に来日して、国際基督教大学を卒業されました。

 

海を越えて
翻訳家・平野キャシーさん /香川

http://mainichi.jp/articles/20160129/ddl/k37/040/405000c

 

 

写真は、2014年5月20日、国際アンデルセン賞の作家賞を受賞した上橋菜穂子さんと画家賞を受賞したホジェル・メロ(Roger Mello)氏の合同記者会見のときのもの。

上橋さんが手にしているのは、スカラスティック社版の精霊の守り人。『Moribito: Guardian of the Spirit 』です。

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