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rocorinne bookworm

INPUTして、OUTPUT。

身内の安否、消息を聞かれること。

毎日おバカな記事を一つずつ書いている私ですが、実は家族の一人が熊本にいます。

……私は東京在住です。

 

4月14日(木)の21:30頃、益城町を中心にどっかーんと来た後は、私の友人や、本人の友人から「大丈夫?」とメール、LINE、Facebookのメッセージが入り、本人と連絡が取れるまでは、返事をする気になれませんでしたが、連絡が取れて、無事とわかったので、なるべくお返事をしました。

翌朝、「大変だと思ったから朝まで待ってたけど、大丈夫?」というお問い合わせが何人かあり、お気遣いありがたいなぁと思いました。心配してるけど遠慮してる方もいるかなとFacebookに「無事です」情報を載せたりしていました。そして、昨夜から明けた午前中まで、この連絡にずいぶん時間を取られたなとも思ったのです。

 

しかしその日の夜中、4月16日(土)の1:25頃に、再びどっかーんと来たときは、本人のいる場所も震度6強。すぐに無事のメールをくれましたが、大きな余震も続き、家では寝られなかったようです。この時もまたFacebookに「無事です」の続報を載せたら、「あまり地震がすごいので、聞くのを控えてました」というコメントもいただき、そうだよなぁ、聞いて深刻な返事がきそうなときは聞きづらいよなぁ……。と思ったことです。

 

亡くなられた方のご冥福をお祈りいたします。重大な被害にあわれた方や、不便な避難生活をされている方に比べて、家族のところはライフラインも復旧してきて、まだ恵まれた状態であるようですが、今日も大きな余震があり、早くおさまってくれと祈るばかりです。

 

 

 

これで思い出すのが、阪神淡路大震災の時です。もう20年以上前になるとは……感慨深いです。このときも神戸にごく近い身内がいたのです。住所だけ聞くとかなりの被害があった場所です。

朝の6時前に地震が起こり、起きたときは被害状況がどんどんテレビに映し出されて悪夢のようでした。とにかく電話がつながらないので、神戸の家と全然連絡が取れず、テレビの画面にかじりつきながら、周辺が映らないか見たりしていました。その間、神戸の家は大丈夫でしょうか?という電話が何本も入り、「あなたはずいぶん昔のお友達なのでは?」というような人や、「あなたはなぜうちの番号をご存知?」というようなよく知らない人からも連絡をもらい、ご心配いただくのはありがたいながらも、そのくらいの関係の人が、神戸に電話しちゃうから電話がつながらないのだ―――!と憤慨もしたのです。

結局午後3時過ぎに連絡が取れて、幸いなことに家の人は全員無事でした。(家は数か月住めませんでした。)

 

あの時は憤慨したものの、後で考えると、よく知らない人の家にまで電話をかけて、消息を知りたいと思う気持ちには、大変な思いがあったことと思われます。その場で失礼なことは言いませんでしたが……それでも大変失礼いたしました。

 

 

災害がらみではありませんが、もう一つあります。

 

ずいぶん前のことですが、私の母が、癌で入院・手術することになり、父と子供たちで悩んだ末、母には「癌であること」は内緒にすることにしました。胃潰瘍くらいなことを言って入院させたのです。胃のそばにできた悪性リンパ腫だったので、全身に転移がないか手術前の検査もずいぶんたくさんやりました。幸い転移はなかったのですが、胃を全摘することになりました。

 

このとき母が入っていたサークルに、長期でお休みする旨を連絡したのですが、サークル仲間の、年配の男性からお見舞いのお電話をいただきました。

その方が「本当に大丈夫なんですか?重大な病気とかじゃないんですか?」と聞かれるので、私は言葉に詰まりました。

本人にさえ伝えていないのに、あなたに言えるわけがない。という思いと、

この人と母の親しさがどの程度のものかわからない。この高齢な人の真剣な声を聞いて、うそをついてもいいのだろうか、という思いの間で、一瞬の迷いが生じたのです。でも私の口は「いいえ、大丈夫です。ご心配ありがとうございます」と白々しく答えていました。男性は、安心した様子ではなく、納得できないような様子で電話を切られました。

 

母は、手術とその後の化学療法も時間をかけて乗り切って、術後10年も軽く超し、まだ元気に暮らしています。胃を全摘したのに何でも食べる、食いしん坊も健在です。父も、サークル仲間の男性も、先に逝ってしまいました。 

 

もし同じことがまたあって、同じ質問をされても、やはり同じ答えをするだろうと思います。それでも、この会話にちょっとした後悔を持ち続けています。