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rocorinne bookworm

INPUTして、OUTPUT。

『九年前の祈り』 小野正嗣・・・2014年下半期芥川賞受賞作

 

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小野正嗣さん、初読み。他の作品も大分県リアス式海岸地方が舞台なのかな?東大大学院、パリ第8大学などを経て、立教大准教授を 務める、という立派な経歴の持ち主で、しかもイケメンだ!

九年前の祈り

九年前の祈り

 

 『九年前の祈り』は大分県県南、佐伯市の周辺リアス式海岸線も美しい、ひなびた地域を舞台にしている。主人公さなえは同棲していたカナダ人の男と別れ、幼い息子を連れて故郷の町の実家へ戻っていた。美しい巻き毛と長い睫と整った目鼻立ちのこの息子は、時々「引きちぎられてのたうち回るミミズのようになった」。さなえはこの息子に遅れがあることはわかっているものの、医師から告げられた診断を受け入れることが出来ない。

「渡辺ミツさんのところの息子さんが病気らしい。」という話から、さなえは時折、20代の頃、地元の年配の女性たちと行ったカナダ旅行を思い出す。大きな声で方言でわーわー喋るおばさんたちも、カナダという場所に置かれるととてもかわいらしい。

カナダの教会で一心に祈っていたみっちゃん姉(ねえ)が、障害があるらしい息子さんの将来を心配していたこと、機内で泣いていた子供を、「子供っていうのは泣くのが仕事だ」と言っていたことなどを、さなえは思い出して何となく心の支えにしている。文島に行く場面のさなえの心情は、圧巻だ。

 

「渡辺ミツさんのところの息子さんが病気らしい。」という文から始まる本書だが、この本の残りの3篇もすべて舞台が同じだけでなく、登場人物も重なっていたりしているが、この「ミツさんの(たぶん障害のある)息子さんが入院していて重篤である」、というのが底辺にいつも流れているテーマだ。

この本が捧げられている、作者のお兄さんが実際、執筆中に入院していて、そののち亡くなられたことを考えると、その方に障害があったのか、そのことを公言しているのかはよくわからいのだが、より切なく感じられる。

 

特に最後の掌編『悪の花』は、タイコー(ミツさんの息子)をとても頼りに思っていた老女の話だ。タイコーが生きて人の役に立った証でもあるようなこの話がとてもいとおしい。

 

障害児の母としては蛇足ながらとても気になる。ちょっとゆっくりだが、仕事もしていたミツさんの息子は障害があっても軽度な方だと思う。だが、さなえの息子のパニックぶりを見ると、まだ幼いもののわりと重いのではと思ってしまう。自閉症は症状が出て初めて分かる障害だ。幼児は見た目にはわからない。成長するにつれ、同年齢の子供との差が開き、表情や身体の動かし方のユニークさが顕著になってくるものだが、大切なのは、障害を認めてその子供に合った環境を整えてやることだ。ミミズを追い出せとばかりにゆすぶってしまうさなえの気持ちもよくわかる。でも一番つらいのは、障害を認める前までだ。がんばれー、とフィクションの人物にエールを送りたいのでした。